お経ってなぁに?①

私たち仏教徒は、仏前をお灯明・お香・お花・お供えで荘厳し、「お経」をあげて仏事を勤めます。一般にいわれる「お経」は非常にたくさんあるため、「八万四千の法門」ともいわれます。この多数の仏典をその性格によって経蔵(きょうぞう)・律蔵(りつぞう)・論蔵(ろんぞう)の三蔵に分けることができます。「蔵」というのは「ピタカ」といい、「かご」の意味です。釈尊のみ教えを記したものを経(スートラ)といいます。次に、仏弟子たちが悪い行いをするたびに教団の和を保つために定めた規則が律です。最後に論とは、仏さまの直接の弟子や後の仏教者たちが、経に説かれた教えを研究して解釈した書をいいます。このように、仏教の教え全体が三蔵に収まっているわけです。

浄土真宗では、経としては『無量寿経』・『観無量寿経』・『阿弥陀経』の浄土三部経、論として親鸞聖人の作られた『教行信証』(「正信偈」が入っています)などがあげられます。この三蔵という言葉でみなさんになじみがあるのは、「三蔵法師」(さんぞうほうし)でしょう。孫悟空がお供をしてインド(天竺)にお経を取りに行く旅の物語『西遊記』をご存知でしょう。この物語の三蔵法師のモデルは、唐時代の初期に十七年間かけてインドヘ法を求めて旅をした、玄奘(げんじょう)という僧侶です。彼の業績が偉大であり、有名であったため、三蔵法師とは彼の別名であると思っている方もいるでしょう。しかし本来、三蔵とは経・律・論という仏典の全体に通じた仏教者に対する尊称です。

たとえば、浄土三部経を見ると、『無量寿経』の康僧鎧(こうそうがい)と『阿弥陀経』の鳩摩羅什(くまらじゅう)は、ともに経典翻訳で名を残し三蔵法師と讃えられています。また「正信偈」には、曇鸞大師(どんらんだいし)を導いた菩提流支(ぼだいるし)を三蔵流支と呼んでいるように、たくさんの三蔵法師がいました。今私たちが読ませていただいているお経は、このような三蔵法師が伝えてくださったものであり、遠い昔の苦労が偲ばれるとともに三蔵法師が身近な存在に思えてきます。

 お経ってなぁに?② 浄土三部経

 真宗には浄土三部経といって三つの根本経典があります。長いお経を簡潔にまとめるのは難しく誤解が生じるかもしれませんが、短く解説します。

(1)『仏説無量寿経』(ぶっせつむりょうじゅきょう)

 お釈迦さまが王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎじゃくっせん)において、阿難(あなん)をはじめとする弟子たちに対して、阿弥陀仏の救いを説かれた経です。

 まず法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)が悩み苦しむものを救うために願いをおこし、長きにわたり修行し四十八願を成就して、極楽浄土を建立し無量寿仏(阿弥陀仏)となられたことが説かれています。特に四十八願のうち第十八願は、生きとし生けるものすべてに名号(みょうごう)「南無阿弥陀仏」を与えて救うと誓われたものであり、本願念仏といわれます。この本願が成就しているから、私たちは「南無阿弥陀仏」を聞き信じるときに往生が定まると説き、その阿弥陀仏の徳と浄土のすばらしさ、浄土に往生した人々の徳が説かれています。そして聖道(自らの力でさとりに向かう)が滅しても阿弥陀仏による他力の救いは滅することはないのであって、浄土往生を願うべきであると勧められています。

(2)『仏説観無量寿経』(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)

  王舎城において、悪友の提婆達多(だいばだった)にそそのかされた阿闍世(あじゃせ)太子が、父である頻婆娑羅(びんばしゃら)王を幽閉します。その王のために食物を運んだ母である韋提希(いだいけ)夫人も牢屋に閉じ込めるという悲劇が説かれます。その苦しみの中で韋提希夫人はお釈迦さまに救いを求め、苦しみのない世界である阿弥陀仏の浄土へ往生するための方法を説いてくれるように請いました。

 それに応えてお釈迦さまはまず、心をこらして浄土・仏・菩薩たちを観想する十三の方法を説かれます。次に乱れた心のままで往生する人々のさまを観る三つの方法、また、さまざまな善行とそれを行うことができない悪人のための念仏が説かれています。

 しかし、最後には阿難に念仏一行を与えられているので、さまざまな行が説かれている中で他力念仏の一行を勧められた経であるとされます。つまり、私たち人間(凡夫)のありのままの姿をあらわして、いかなる人も阿弥陀仏によって救われていくことを説き、念仏による往生を勧められています。

 (3)『仏説阿弥陀経』(ぶっせつあみだきょう)

 お釈迦さまが舎衛国(しゃえこく)の祗園精舎(ぎおんしょうじゃ)において、舎利弗(しゃりほつ)をはじめとした弟子たちに対して、問いを待たずに自ら説かれた経です。

 まず阿弥陀仏の極楽浄土のうるわしい相と、仏・菩薩たちの尊い徳が示されています。次にこの浄土には自らが行う善行では往生できないのであって、一心に念仏することによってのみ往生することができると説かれています。

 また終わりに、東・南・西・北・下・上の六方の諸仏が、この念仏往生の法が真実であることを証明されていることが説かれています。

 妙好人といわれる念仏者である庄松さんは「お経には庄松をたすけるぞよと書いてある」とおっしゃっています。私たちもお経に説かれる教えを味あわせていただきたいものです。

  お経ってなぁに?③ 伽陀

 真宗の法事では勤行をするわけですが、その始めにはほぼ必ず「伽陀」(かだ)が唱えられます。「伽陀」とは「うたう」ことを意味するサンスクリット語の発音を漢字で表記したものです。

 最も有名なものが「先請弥陀入道場 不違弘願応時迎 観音勢至塵沙衆 従仏乗華来入会」です。先請伽陀と呼ばれますが、「ぜんしょうみだにゅうどうじょう~」と始まるこの一節に聞き覚えのある方もいらっしゃるでしょう。これは「先ず弥陀を請じたてまつりて道場に入りたまえ、弘願に違せずして時に応じて迎えたまへ、観音勢至塵沙の衆、仏に従い華に乗じて来りて会に入りたまへ」ということです。

 法事を始めるに当たってまず、その場に阿弥陀仏を迎えて、その本願力によって浄土往生を願うことから始めるのです。もちろん私どもがこのように「伽陀」を唱えるまでもなく、阿弥陀仏はじめ諸仏・諸菩薩は私どものことを念じておられます。しかし、それを忘れがちな私ですので、まず「伽陀」を唱えることによって阿弥陀仏が、私を救わんとここにましますということをわが身に受け、その本願のお導きを聞かせていただくべく勤めさせていただくのです。

  お経ってなぁに?④ 表白

 法事では伽陀(かだ)に続いて表白(ひょうびゃく)があげられますがその代表的なものをあげます。

「敬うて弥陀願王教主釈迦如来 念仏伝来の諸大師等に白して言さく それ以(おもんみ)れば 南浮人身(なんぶにんじん)の生をうけ 稀に西土仏教のうききに遇い 宗祖親鸞聖人の化導に依りて 法蔵因位(ほうぞういんに)の本誓を聞く 歓喜胸に満ち渇仰(かつごう)肝に銘ず 然れば即ち報じても報ずべきは 大悲の仏恩 謝しても謝すべきは師長の遺徳なり 本日ここに釋○○の○回忌にあたり 有縁の眷属(けんぞく)相集まり 仏事を営み 仏祖報恩のため 大乗の経典を読誦(どくじゅ)し奉る 願わくは 蓮華蔵界(れんげぞうかい)の中にして今の講肆(こうし)を照見し檀林宝座(だんりんほうざ)の上より この梵ねんに影向(ようごう)したもうらんことを 敬うて白す 哀愍納受(あいみんのうじゅ)したまえ」

 [現代語訳] 私を救う本願念仏を建てられた阿弥陀仏、その教えを説いて下さった釈迦如来とそれを伝えて下さった方々に敬って申し上げます。考えてみれば、ここに人としていのちを賜り、親鸞聖人によって浄土のみ教え、阿弥陀仏の本願念仏に出遇わせていただいたことを喜び、肝に銘じております。ですから、仏さまと道を示して下さった方々に感謝し、ご恩に報いなければなりません。そこで法事を営み、ご縁のあったものが集まり、その恩に報いるべく仏さまの声としてお経を読み聞かせていただきます。浄土におられる仏さまはこの法座を見守り、回向下さいますよう敬って申し上げます。慈悲の心をもってお受け下さい。

 表白とは、私を浄土へと導いて下さる阿弥陀仏、それを教えて下さったお釈迦さまと伝えて下さった方々に対して宣言されるものです。その場に集うものがみな、この表白の心で法事に臨ませていただきましょう。

 お経ってなぁに?⑤ 「正信偈」

 親鸞聖人の著した『教行信証』、正式には『顕浄土真実教行証文類』(けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい)にある百二十句の偈で、五百年以上もの昔から唱えられてきました。阿弥陀仏は悩み苦しむものを救うべく浄土を建立し、往生させることによって救い取ろうとされ、その願いを本願念仏「南無阿弥陀仏」に込められました。その本願のいわれを聞き信じることによって往生が定まり、そして、阿弥陀仏と同じくかぎりないいのちの仏となって、迷いの世界にいる人々を導くといわれます。親鸞聖人は、かぎりないいのち、はかりしれないひかりである阿弥陀仏に帰依することを宣言され、お念仏によって救われて力強く人生を歩まれたことをあらわされたのです。

 その本願念仏のみ教えをお示し下さったお釈迦さまや七人の高僧、インドの龍樹(りゅうじゅ)菩薩・天親(てんじん)菩薩、中国の曇鸞(どんらん)大師・道綽(どうしゃく)禅師・善導(ぜんどう)大師、日本の源信(げんしん)和尚・源空(げんくう)上人のみ徳を讃え、私たちにそのみ教えを聞くお念仏の生活を勧められています。

 お経ってなぁに?⑥ 念仏・和讃

 法事では伽陀(かだ)、表白(ひょうびゃく)、お経や正信偈などの正宗分(しょうしゅうぶん)に続いて「念仏」が称えられます。浄土真宗の念仏はもちろん「南無阿弥陀仏」ですが、法事ではそれ以外にもさまざまな念仏が称えられます。例えば、仏説無量寿経』にある阿弥陀仏の光明を譬えた十二光仏を称えたり、また阿弥陀仏の脇侍菩薩である大勢至菩薩、観世音菩薩の名とともに称えられたりもします。また「南無阿弥陀仏」にさまざまな節を付けて称えることもあります。

 念仏に続いては、多くの場合「和讃」があげられます。親鸞聖人当時は、正式な文章は漢文で書かれていたので非常に難しかったようです。「正信偈」がある『教行信証』もそうです。和讃は南無阿弥陀仏のみ教えを私たちに分かりやすく伝えるために、親鸞聖人が仮名混じりの文章で著されたお聖教で、約五百首あります。一般に「正信偈」は、念仏と六首の和讃とともに読誦されます。また独特の節回しによって「南無阿弥陀仏をとなふれば」と繰り返される現世利益和讃や、「如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし、師主知識の恩徳もほねをくだきても謝すべし」という恩徳讃は耳に残っているのではないでしょうか。

  お経ってなぁに?⑦ 回向(えこう)

 一般に法事の最後には「回向」が唱えられます。回向というのは、パリナーマあるいはパリナーマナーという言葉の翻訳語で、「ふり向けること、廻施すること」などの意味で用いられました。

 回向句を唱える意義は、仏事法要を勤め、その功徳をもって亡くなった方および一切衆生に分かち与え、その方々の仏道を成就させようとするところにある、という考え方をする宗派があります。しかし、浄土真宗は自ら修めた功徳を回向して仏道を成就しようとするものではなく、阿弥陀仏の回向による仏道の成就を目指しています。阿弥陀仏は、罪悪深重の凡夫であって仏道修行ができない私たちの姿をみそなわして、救いの道をご用意して下さったのです。ですから回向句も、自らが仏事法要を修めた功徳を他の人々に回向するという性格のものではありません。

 もっともよく読まれる回向句は、浄土真宗七高祖の一人、善導大師の句「願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」(がんにしくどく びょうどうせいっさい どうほつぼだいしん おうじょうあんらくこく)です。この句の意味を窺ってみますと、まず「此功徳」とは、名号の功徳、阿弥陀仏の人々を救うはたらきです。そして「平等施一切(平等に一切に施し)」とは、行者自らが修めた功徳を回向することをいっているのではなく、「此の功徳」をいただいた念仏者の常行大悲のすがたをあらわしたものです。

  お経ってなぁに?⑧ 御勧章(ごかんしょう)

 法事の最後には、お説教とともに「御勧章」(「御文章」、「御文」とも呼ばれる)が読まれます。「聖人一流の御勧化のおもむきは・・」や「それ人間の浮生なる相をつらつら観ずるに・・」など耳にしたことがあるでしょう。

 「御勧章」は本願寺第八代蓮如上人が門下の道俗に与えられた教義に関する消息で、二百通以上が残されています。第九代実如上人のもと編纂されたといわれ、五帖八〇通として流布しています。制作年次が明らかなものの中では、吉崎(福井県)時代のものが多く、上人による精力的な教化が窺われます。

 これを朗読して人に聞かせることは蓮如上人在世当時に始まっていたという記録も残っています。また刊行されたのは天文年間(一五二二~)といわれ、時代の進むとともに一般にも広まってきたようです。蓮如上人は本山興正寺の歴代ではありませんが、真宗の教えが分かりやすく説かれているとして、当派でもお説教に取り入れています。

 以前、門徒宅にお参りした際に、先人が自らの筆で写し取った御勧章を拝見したことがあります。刊行本が手に入りにくかったこともあるのでしょうが、自らの手で写すことによって、その教えを深く味わわれたのだろうと感じ入ったことです。

 お経ってなあに?⑨「往生礼讃偈」

 浄土真宗七高祖の一人、善導大師の作です。浄土に生まれることを願うものが日常実修するべき六時〈日没(十四時)・初夜(十八時)・中夜(二十二時)・後夜(二時)・晨朝(六時)・日中(十時)〉の礼法、称名念仏専修の実践とその意義、またそれによって現世と当来の益が得られることが説かれています。

 浄土真宗の日常勤行としては正信偈が読誦されますが、それは蓮如上人の頃から広まってきたとされ、それ以前はこの往生礼讃偈が勤められていました。年輩の方は、家でおじいさん、おばあさんがお勤めされていたその曲と声が耳に残っているかもしれませんが、最近では耳にする機会が減っているのではないかと思います。

 当山では現在、初七日法要の折にお勤めしています。何度となく繰り返し聞こえてくる「願共(がんぐ)」の声、あなたを清らかな浄土に生まれさせたいと願われている阿弥陀仏の「願」、すでに浄土往生された方の「願」、そして浄土に生まれさせていただく私の「願」に思いを巡らせて合掌、念仏させていただきましょう。

 お経ってなあに?⑩ 「十二礼」

 七高僧の一人である龍樹菩薩(インド)が自ら阿弥陀仏の十二のお徳を讃えられた讃歌です。阿弥陀仏の功徳やその浄土の荘厳がすばらしいことを多くの人に知らせて、浄土に生まれるよろこびをともにしたいと願われて詠ったものです。前回紹介した中国の善導大師が『往生礼讃』にこの讃文を収め、これを称えて礼拝する行儀をお示しになりました。

 当山では宵・朝と二日間に渡り法事が営まれた場合に、よく勤めていたようです。現在は宵法事が減ってきたため勤める機会が減ってきましたが、中讃地方では、今でも念入りの法事といって、数人の僧侶で太鼓を叩きながら勤めているようです。本山の法要では三鼓(羯鼓・太鼓・鉦鼓)を交えて賑々しく勤めています。お経や正信偈が平調(ひょうじょう:洋楽ハ調のミ)を基本の音にしているのに対し、盤渉(ばんしき:洋学ハ調のシ)を基音とし、非常に高い音で唱えられるため明るく音楽的なお勤めです。

(本願寺出版社「季刊せいてん」参考)

アクセスカウンター
着物買取着物買取着物買取宝石買取ブランド買取

フェイスブック始めました