真宗教団連合中央研修会 報告 2017.7.18~20

 親鸞聖人は承元の法難(1207)で越後へ流罪。5年後に勅免が下り、関東へと向かう。その途中、信濃(長野県)を通られた。善光寺に立ち寄られたなど現地には様々な言い伝えが残っている。その道中や関東での布教によって、親鸞聖人に師事した弟子が信濃でも寺院を建立してお念仏を伝えていく。その立派な本堂を目にして、昔の方々の信心の深さを思い知らされた。

おてらくご~お寺+落語~ 報告 2017.6.11

 初開催の「おてらくご」。仏教のお説教から始まった落語をご縁として、仏教に触れようという企画。咄家さんは上方落語の林家染雀師。最初の演目は「宗論」。

 もともとは浄土真宗と日蓮宗の信者のいさかいの話が、いつしか浄土真宗とキリスト教になりました。熱心な浄土真宗の家の息子がキリスト教に帰依するようになったことから物語が展開。途中、私のいのちは神さまが作ったという息子、それに対して「私の息子と違うんかい、おっ母が神さんと浮気したんかい」とつっこむ父親。仏教ではものごとは因縁によって成り立っていますから、神さまのようないのちをものを作り出す絶対神を認めないという、双方の教えのコントラストから笑いが生み出されます。

 一席終わった後は、「寿限無」を交えながらお念仏のお話。生まれた子供にめでたい名前を付けようとして、お寺の和尚さんの所へ相談に行った父親。和尚さんから色々と教えてもらっためでたい言葉を、全て並べて子供の名前にしてしまう。寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末…」

 「寿限無」とは、寿(いのち)に限(かぎり)が無(ない)ということでめでたい。これは浄土真宗の御本尊、阿弥陀仏のお名前、無量寿。阿弥陀というのは古代インドの言語で、日本語に直せば、かぎりないいのちとはかりしれない光という意味になります。浄土真宗は、そのはたらきを身に受けていることに気付かされる教えです。

 「五劫の擦り切れ」の劫とは、時間を表す単位。14000100年に1度布でなで、岩がすり減って完全になくなっても劫に満たないと言われます。インドでの計算では約40億年になるそうです。それが5回擦り切れる、つまり永久に近いほど長い時間のこと。お経には、阿弥陀仏が私たちを救うにはどうすればよいか考えるのに五劫かかったと言います。それほど私たちは罪深い、さとりを開くことが、仏になることが難しいにも関わらず、南無阿弥陀仏によってお浄土へ、仏とならせていただくのが浄土真宗です。

 「海砂利水魚」は、海の砂利や水中の魚のように数限りないことを表します。浄土真宗のお経には「恒河沙数」とあります。川の砂粒ほどに数え切れないということを表します。金子みすゞさんの詩に「大漁」というものがあります。「朝焼小焼だ大漁だ。大羽鰮の大漁だ。浜はまつりのようだけど、海のなかでは何万の鰮のとむらいするだろう」、仏教は、水の中にも数限りないいのちがあり、それは私と同じ重さのいのちであると教えます。また、「星とたんぽぽ」、「青いお空のそこふかく、海の小石のそのように、夜がくるまでしずんでる、昼のお星はめにみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ」。浄土真宗は、恒河沙数の仏さまがいらっしゃると説きます。その数限りない仏さまがお念仏する私を見守ってくだっている、そして私も人生を終えたらその仏さまの一人となって、のちの者を見守らせていただくと伝えます。

 当時の人々は、このように落語の中に残るほどに、仏教を、浄土真宗の教えを聞いて生活していたのだと感嘆させられます。

 

 「おてらくご」のお寺の部分も終わり、最後にもう一席。上方落語の名作「はてなの茶碗」。二束三文の水漏れする茶碗が、あれよあれよと1000両の茶碗になるお話。最後は師匠より踊り芸のサービス。後頭部に面をつけて、後ろを前に見たてた踊りでこれまた大爆笑。大笑いしながら、お寺、仏教に触れていただく機会となりましたなら幸いです。

お寺で休日 報告 2017.5.21

初めて開催した「お寺で休日~寺カフェ~」。40名程の参加がありました。込み合った時には十分な応対ができませんでしたが、お寺の雰囲気を味わいながら、お茶を一服されたり、写経をしたりとのんびりとした時間を過ごしていただけたかと思います。写経体験では、初体験、筆を持つのもいつ以来かという方が、見本と見間違うほどの出来栄え、楽しかったという感想をいただきました。

また様々な形で開催したいと思います。お気軽に足をお運びください。

鎌田實講演会報告 2017.4.14

 なぜ僧侶である私たちが鎌田さんのお話を聞かせていただこうと思ったのか。

鎌田さんは身体の治療だけでなく、心のケアも含めていのち全体を大切にされます。

仏教は古来よりいのちを見つめてきました。

いのちとはいったい何だろう、どのようにすれば元気に安らかに生きていけるのかを考えてきました。

同じくいのちの安らかなることを目指す医療者と宗教者が手を携えていくのは自然なことです。

鎌田さんの豊かな経験からいのちを巡るお話を聞かせていただき、どのようにいのちに向き合っていくのかを考えてみたい。

38億年前に生命が誕生、最初は単細胞。いのちは必ず終わるが、クローンを作ることができた。

しかし全く同じいのちが生まれるということは、一つのいのちが終わりを迎えようとも悲しくはない。

その後、性別ができてそれぞれの染色体を一つずつ引き継ぐ唯一無二のいのちが生まれるようになった。

だからそのいのちに終わりが訪れると悲しいのである。

頭が良かろうが悪かろうが、障害があろうがなかろうが全てのいのちが同じく38億年のいのちの歴史を持っているのである。

700万年前に人類が誕生、直立二足歩行をし、木の実などを取って蓄えるようになった。

それまで力によって異性を争っていたのが、物をプレゼントすることで気を引くようになった。

それが人類の愛の原点。

そして170万年前の人骨に、生まれつき歩けない人が成人まで生きていた形跡がある。

誰かの世話によって歩けない人が生き長らえた。ケアの原点である。

人間は愛とケアの心を古来より持っている。

今一度、幸せについて考えなければならない。

感動することによってセロトニンという喜びホルモンが出て幸せになる。

人のことを考えることによってオキシトシンというホルモンが出て相手を幸せにする。

それが回ってまた自分もまた幸せを感じる。

鎌田さんは110か月の時に岩次郎さん夫妻に拾われて育てられた。

医学部に進みたいと言ったが反対され喧嘩となり、ついには首を絞めてしまった。

とうとう「何もしてあげられないけど自由に生きていい。そのかわり自分の責任で生きていくんだ」と許しを得た。

「威張ったり、患者を怒鳴ったりする医者になるな。苦しんでいる人の話を聞いてあげられる医者になれよ」との言葉は今でも心に刻まれている。

結婚後、実の親ではないと知る。隠していた父母、妻のやさしさに気付いた。

これまでの人生がすべていのちのつながり、愛に生かされていたという思いが今、医師として、イラク、チェルノブイリ、福島などでのさまざまな活動につながっている。

自らのいのち、生き方、死に方は自らで決めていく。

その中で1%は誰かのために行動する。それが幸せホルモンを増加させる。

100%はできないが1%なら誰かのために動くことができる。

是非、幸せホルモンを出せるように行動し、幸せに生きていきましょう。

と聞かせていただきました。

最後にお話をまとめてご挨拶させていただきました。

浄土真宗のお念仏「南無阿弥陀仏」の「阿弥陀」にははかりしれないいのちのはたらきという意味がある。

すべてのいのちがつながっている、支え合っていると気付くことで鎌田さんの言う誰かのための1%の力が生まれる。

幸せホルモンの話は仏教で説く自利利他円満、自らと他の幸せはつながっているということ。

鎌田さんのお話を自らの胸に問う。それは南無阿弥陀仏につながっている。

完璧な人間にはなれないが、仏さまに導かれながらお浄土へ生まれ往くのが浄土真宗。

 

お念仏を称え、自らのいのちを生き切り、他のいのちに寄り添っていきたいものです。

春季永代経報告 2017.3.28

 前日の雨も上がり天候に恵まれての法要。法話は柴田好政氏(高松市・勝名寺)。

 島倉千代子さんが歌ってくださった仏教讃歌「しんらんさま」を唄いながらのお話。浄土真宗のおまかせの世界を伝えてくださいました。

 

「しんらんさま」

そよ風わたる 朝のまど はたらく手のひら 合わせつつ 南無阿弥陀仏

となえれば しんらんさまは にこやかに わたしのとなりに いらっしゃる

きらめく夜空 星のかげ あらしにきえても かくれても 南無阿弥陀仏

となえれば しんらんさまは ともしびを わたしのゆくてに かざされる

この世の旅の あけくれに さびしいいのちを なげくとき 南無阿弥陀仏 となえれば しんらんさまは よりそって わたしの手をとり あゆまれる

 

真宗教団連合東日本大震災現地研修 2017.2.13

 被災地支援を考えるため、岩手県の大船渡市、陸前高田市を訪れました。震災、津波の直接被害が最も大きかった宮城。原発事故により多くの方が困難な生活を余儀なくされている福島。もしかしたら岩手はあまり関心が払われていないかもしれません。あれから6年経過したため、私自身も震災直後に抱いた被災地への思いは薄れていました。

 現地を訪れて驚いたのは、まず被災した地域が広いこと。陸前高田でも街のすべてが流され、その広さは私の想像をはるかに超えていました。テレビで見たあの衝撃的な被害、それが1ヶ所、2ヶ所ではなく広範囲にわたっているのです。そして、復興がまだまだ進んでいないこと。最近メディアであまり取り上げられないこともあり、復興はかなり進んでいると思っていました。陸前高田では、何も無くなったかつての街に10メートル以上の土盛りをしている最中。

また2キロにわたる堤防は完成している模様、これも10メートル以上の高さ。

異様な風景に、このような街作りが本当に地域住民にとって良いのかとも考えさせられました。

 家ごと波に飲み込まれた方のお話は胸に刺さるものがありました。そして胸に刻まなければならない彼の言葉「忘れないでください。それが被災者の一番の願いです」。あれから6年、現在も被災者にとっては震災後ではなく、震災の真っただ中なのではないでしょうか。また、昨年、女川原発を訪れた方が「原発は安全でクリーンなエネルギーです」と職員から説明されたといいます。同じ原発でも、事故を起こした場所と起こしていない場所でこうも違うのかと愕然としたそうです。

 現地の僧侶からお寺ができることについても聞かせていただきました。避難所になる、人の話し相手になることなど、さまざまな役割を担えるということ。誰にも見送られず火葬され、身元が判明してお骨が帰ってくるのは本当に悲しい。僧侶が読経し見送ることによって、少しなりとも心が安まる。毎年311日午後246分に、あの震災を忘れないようお寺の鐘を鳴らすだけでも被災者の力になる、とも教えていただきました。

 東日本大震災以後も熊本地震、鳥取地震など多くの震災が起こっています。香川県もいつ何か起こるか分かりません。被災地支援としてできること、ここでの有事の際にできること。小さくても何かできることを、と思いを強くしたことです。

最後に心を打たれたこの文を。

「あの日から6年 7回忌となる「3.11」が来る。

 辛い記憶の中には「忘れたいこと」がある。「忘れられないこと」がある。

 忘れることで日常を取り戻すことができる。

 しかし「忘れてはいけないこと」がある。

 あの日 揺れる大地の上で すべてを飲み込む津波を目前に

 迫りくる見えない放射能に怯えながら 被災地から遠く離れたテレビの前で

 あの日それぞれの場所で

 あなたが守ろうとしたものは何だったのか。

 抱きしめたいと思ったのは誰だったか。

 そのことだけはけっして忘れてはいけない。

 それが震災を忘れないということだから。」

 (真宗大谷派東北別院パンフレットより)

  南無阿弥陀仏

報恩講厳修 2017.1.9

 雨模様、肌寒い中の報恩講。例年通り4人の僧侶と参拝者で「讃仏偈」と「正信偈」のお勤め。法話は三木秀海師(倉敷市・清楽寺)。

 あるおばあちゃんが、正月に帰省した息子に「そろそろ入るとこ探そうか」と言われてショックを受けたという。私の子育ては何だったのだろうか、空しいと。しかし、お寺参りしていてよかったという。なぜなら「そのようになるご縁が催したらどのような振る舞いでもしてしまうのが人間である」と聞いていたから。それが真実だと実感した。

 普段から「有難う。すみません。お世話になります」と言葉の花を咲かせていたら実がなる。息子にそう言われたとしても周りが放っておかない。南無阿弥陀仏はもっとも大事な言葉の花。必ず実がなる(浄土へ生まれる)。そして種となる(帰って来てのちのものを導く)。

「生き抜いて風にまかせる落葉かな」、葉が散った後には必ず芽が出ている。あとに続いていくものがある。私たちも素晴らしい言葉の花を咲かせて、あとは風にまかせて、よい人生だったといえるような日々を過ごしましょう。と聞かせていただきました。

除夜会・修正会厳修 2016.12.31~2017.1.1

 今年も穏やかな天候に恵まれ、参道をライトアップしての除夜会。毎年参加されている方は撞き方が上手になり、素晴らしい鐘の音が鳴り響きました。そした、今年初めて108回!撞くことができました。数え間違いがなければですが。年が明けて「正信偈」をあげて解散。本年が良い年となりますように。

真宗教団連合香川県支部聞法大会 2016.10.17

 高松テルサにて約400名参集のもの開催されました。

 真宗はお説教が生命線、お聴聞を大切にした。厳しい戒律を守るわけではなく、日常の生活の中でみ教えを聞き暮らしていく。だから、落語などの庶民芸能の題材になっていった。宗論以外にも菊江仏壇、お文さん、寿限無など数多い。

お説教を聞いたお年寄りの声。「死ぬのは怖くない。お説教を聞かせてもろうたから。阿弥陀様に迎えられてお浄土へお参りする」。彼らは特別な修行をしたわけでも、難しい教学を学んだわけでもなく、ただお説教を聞いただけ。それで迷いを離れる。それが浄土真宗の面白いところであり、偽物ではないと感じる。

浄土真宗のお説教は五段説法。讃題、法説、この辺で眠くなる。譬喩、で笑いも交えながら、因縁、で長い物語を、結勧で仏法に戻る。節談説教はお説教のひとつの方法。

安楽庵策伝という浄土宗の僧侶が五段説法の比喩の部分のお話を集めて『醒睡笑』という本を著した。お寺でのお説教は退屈、眠くなる。だから「睡眠を醒ます笑い」が必要ということで。これが落語のテキストになっていった。江戸時代におそらく初の職業噺家となった京都の露の五郎兵衛、もとは日蓮宗の僧侶。

一人の人間が扮装も背景もなしに正座して語り続けるという世界でも例のない話芸のスタイル。それは、仏教のお説教がルーツとなって出来上がった。「高座」は、昔、お坊さんが上がって説教していた台のこと。

もともと芸能はまねをする技という意味がある。古代社会では宗教儀式のまねをすることによって芸能が生まれた。

法事は経典の読誦と説法からなる。読誦から歌いものの芸能が発達。説法が語り芸能の土壌となった。また、お寺の勧進に芸能が使われた歴史がある。

語りに敏感に反応する、身を預けることが大切です。では桂坊枝師匠の落語をお楽しみください。

 

落語・桂坊氏師匠

ここはうどん県。うどんをすする形態模写が、違うと言われないか心配ですが、と笑いを取りつつ「時うどん」へ。

うどんを食べたい二人、手持ちは15文。うどん一杯16文。そこで一人が思いついた悪知恵。一杯のうどんを頼み、支払いの時、一文ずつ数えていく。八つ数えたところで店主に「今何時か」と聞く。「九つです」。つづけて「十、十一‥」。まんまと一文だましました。味を占めたもう一人。何が何でもさっきと同じようにしたいので、一人なのに二人のようにおかしな振る舞いで笑いが起きる。さて支払い。八つまで数えたところで「今何時や」、「五つです」。「六つ、七つ‥」と続けて、結局三文損してしまった、というオチ。

「手水回し」。丹波の旅館に大阪からの客が泊り、「手水を回してくれ」という。「手水」が何かわからない旅館のもの。そこで物知りの和尚さんに聞きに行く。すると「ちょうず」とは「長頭」であるという。そこで、町にいる長い頭の男を探して頭を回させる。しかし、違うらしい。大阪の旅館へ泊まれば分かるということで大阪へ。「手水を回して」と頼むと出てきたのは水の入った桶と塩と竹。それを飲み物と勘違いして、たらふく飲んでしまう。本当は「手水を回して」とは、顔を洗い、歯を磨く水や桶を持ってきてくれということだった。

 

対談・釈徹宗師+桂坊枝師匠

落語の後は二人の対談。手水回しに出てくるような、ええ加減なお坊さんを笑う落語が多い。『醒睡笑』にもたくさん出てくる。賢ぶる姿を笑う。親鸞聖人は「外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、内に虚仮を懐けばなり」、外に立派そうに見せてはいけません、なぜなら中身は偽物なのだから、とおっしゃった。落語には楽したい、遊びたいという人間の欲望丸出しの人間が出てくる。内に虚仮を抱いているからこそ、お念仏の道を歩いて行こうと感じていただければと思います。と閉められました。

 釈先生の音源やスライドを使った分かり易い話に、坊枝師匠の軽妙な落語で会場は大いに盛り上がりました。

秋季永代経厳修 2016.10.1

 雨との予報もありましたが、天候に恵まれ秋季永代経が勤まりました。というのも、雨が降ると本堂と離れている納骨堂への移動が大変。不思議にも今まで一度も雨に降られたことがない、有難いことです。

 法話は初めてのご縁、千葉憲文師(まんのう町・善性寺)。私たちは邪見、自己中心の心で生きている。それによって争いが起こり、愚痴が出てくることを自らの体験で説明。浄土真宗は「南無阿弥陀仏」の教え。「南無」とはインドあたりのことばで、漢訳が『正信偈』にある「帰命」。帰依する、お任せするという意味。「阿弥陀」とは「無量」、はかることなし。私たちは自分中心で、量ってばかりの生き方をしている。その最たるものが先日起きたやまゆり園の事件では。いのちを量って、この人たちは生きる意味がないと殺人にまで及んだ。お念仏を通して、量ることなしという生き方に目覚めてゆかなければならない。そうして私も量ることができないいのちと気付かされ、そこにこそ喜びのある、空しくない人生を送ることができるのではないか。量ることなく生きていくことはできないが、そういう自分を自覚して、少なくとも「いのち」を量ることないようにしていきたいものです。と聞かせていただきました。

香を聞く~聞香茶会~in 一心寺 2016.7.11

 初開催の聞香茶会。まずは少々お香の説明。白檀と六国(羅国・真南蛮・真那賀・佐曽羅・寸門陀羅・伽羅)五味(甘・酸・辛・鹹・苦)をすべて聞いていただきました。十分なことはできませんでしたが、楽しんでいただけたようです。最後にお茶を一服召し上がっていただき、終了。良い香りのするお香を聞いて、心清らかに仏さまに手が合わさるご縁となりましたら幸いです。機会がありましたらまた開催したいと思います。

仏教講演会 二階堂和美ライブ 2016.5.29

 シンガーソングライターでもあり、僧侶でもある二階堂和美さんのライブ。スタジオジブリ作品『かぐや姫の物語』の主題歌「いのちの記憶」はもちろん、女性らしく恋愛や子供のことを唄った曲。仏教に通じる植木等さんの「スーダラ節」。原爆投下から70年経った昨年作られたいのちの尊さを訴える「伝える花」や美空ひばりさんの「一本の鉛筆」。時に軽快に、時にはしんみりとした語り口。彼女の思いがひしひし伝わってくる素晴らしいライブ、仏教講演会となりました。

 

「この世のすべてはどうにもならない、それでも生きる、私は生きる」(めざめの歌)。それを教え、生きる力を与えるのが仏教です。「いまのすべては過去のすべて、必ずまた会える、懐かしい場所で、いまのすべては未来の希望、必ず憶えてる、いのちの記憶で」(いのちの記憶)。まさに南無阿弥陀仏。私にはすべてが流れ込み、すべてに支えられている、だから安心、だからまた会えるのでしょう。

 

ご来場くださいました皆様有難うございました。

 

初参式厳修 2016.3.25

 浄土真宗では、小さないのちが仏の子としてすくすく育つことを願っての初参り「初参式」を行います。小さな子が合掌する姿は何ともいえず微笑ましいものです。こどもたちの幸せを願いつつ「世の中安穏なれ、仏法ひろまれ」。
 

春季永代経厳修 2016.3.25

 少し肌寒い気温でしたが、天候に恵まれ春季永代経・納骨堂勤行が勤まりました。法話は佐々木安徳師(高松市・専光寺)。

 私たちは生老病死という苦を生きていることをさまざまな川柳をあげて説明。天才バカボンのように「これでいいのだ」とすべてを受け入れて生きていければ良いのだがそうはいかないのが人間。その苦を越えなければ救われない。苦しむ私の杖となる善き言葉が「南無阿弥陀仏」。正信偈にある「帰命無量寿如来、南無不可思議光」、慈悲と智慧が私たちに降り注いでいるということ。智慧によって何が大事かを知らされる。私を支えるいのちのはたらきがあるということ、私は許されて生きているという慈悲の世界に目覚める。私を待っていて下さる親鸞聖人、父母、善き人がいるということ。そこに向かって善き言葉、南無阿弥陀仏に導かれて生きていきましょう。と聞かせていただきました。

 

報恩講厳修 2016.1.11

 10月21日から始めたご門徒宅の報恩講参りも1月9日に終わり、お寺での報恩講。気温は冬らしくなってきましたが、風もなく穏やかな天気に恵まれ、讃仏偈と正信偈をお勤めしました。法話は古市正幸師(まんのう町・福浄寺)。

 「南無阿弥陀仏」は阿弥陀如来からの呼び声。私たちが「お母さん」と呼ぶのは、お母さんの方から「私がお母さんですよ」と呼びかけてくれたから。家に帰って「ただいま」といったらお母さんがいて「おかえり」と返してくれた時の安心感。いつも私たちのことを心配してくれている仏さまがいらっしゃる、だから間違いなく浄土へ生まれることができる。母のような仏さまがいらっしゃる安心を受け止めるのがお念仏である、と聞かせていただきました。

 夫婦でご参加いただいた方が多くおられ、有り難い報恩講となりました。お世話いただきました坂本天神講中のみなさま、有難うございました。

 

除夜会・修正会厳修 2015.12.31~2016.1.1

 大晦日は穏やかな天気。風もなく、「よるしらべ」で使用した竹燭台に和蝋燭を灯し、境内をライトアップ。正信偈をお勤めし、鐘撞きへ。今年も何回撞いたか分からなくなりましたが、子どもたちも加わり、賑やかな年越しとなりました。年が明けて一同で讃仏偈をあげて新年のご挨拶。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

本山興正寺報恩講 2015.11.21~28

 本年も本山報恩講に出勤させていただきました。雨、そして寒波襲来でしたが大勢の方にお参りいただき、ご一緒にお念仏させていたき有難いことでした。また、全国から僧侶が集い、旧交を温めるとともに刺激をいただき、自分を見つめ直す機会でもあります。次は4月8~10日の春の法要、花見がてらお参りください。

詳しくは本山興正寺ホームページをご覧ください。http://www.koshoji.or.jp/

真宗教団連合香川県支部聞法大会 2015.10.15

十月十五日、綾歌アイレックスにて聞法大会が開催されました。まずは、当山でも催された劇団音芽オリジナル仏教歌劇「正信」の公演。親鸞聖人の妻、恵信尼公の回想シーンで幕が開き、戦乱の世、聖人の出家と叡山での修行、六角堂での夢告、法然上人への入門、承元の法難、関東でのご教化、恵信尼さまとの別れなどが、躍動感あふれる踊りと歌によって表現されました。

講演は筑波大学名誉教授・今井雅晴氏による「親鸞聖人のご家族への思い」。親鸞聖人は、六角堂の観音菩薩のお告げによって結婚を決心された。熱心な念仏信仰を持つ三善家に生まれ、おそらく親鸞聖人よりも早く法然上人の教えにふれていたのであろう恵信尼さま。二人は法然上人のもとで出会い、結婚された。親鸞聖人が越後に流され、またそののち関東へと向かわれたとき、恵信尼さまも同行された。その当時としてはあまりないこと。それは恵信尼さま自身の意志である。親鸞聖人と恵信尼さまは強い絆で結ばれていた。関東での布教においても、仲のよい家族の姿が非常に説得力をもったと思われる。

親鸞聖人は、家族をとても大切にされていた。それは自らの体験が大きく影響していたのだろう。九歳で家族と切り離されて、恋しくないわけがない。そのご家族への思いは、『皇太子聖徳奉讃』にあらわされている。

救世観音大菩薩 聖徳皇と示現して

多々のごとくすてずして 阿摩のごとくにそひたまふ

親鸞聖人にとって父親とは、しっかりと子どもを捨てることなく導く存在、母親とはやさしく寄り添う存在であった。そのように家族を大事にされた親鸞聖人だからこそ、そのご教化が人々の心に深く届いたのであろう、とのことでした。お念仏によって強い絆でつながる家族を作りたいものです。

秋季永代経厳修 2015.9.26

 秋季永代経並びに納骨堂勤行が勤まりました。法話は初めてのご講師・宮武正司師(琴平町・大念寺)。明るく穏やかなお人柄がにじみ出る語り口で、優しく仏の心を説いてくださいました。

真宗教団連合中央研修会 2015.7.22~24

 本年も真宗教団連合中央研修会に参加しました。築地本願寺にて今井雅晴筑波大学名誉教授の講義を聴講させていただきました。

 これまでは親鸞聖人の関東での教化は今の茨城県、稲田の草庵を中心とした北関東とされてきた。しかし、鎌倉幕府の執権・北条泰時の事業であった一切経校合に招聘されてより、今の神奈川県においても5,6年にわたり活動された形跡がある。新たに神奈川県も含めて関東の業績を見直し、親鸞聖人の姿に学ばせていただきましょう。と聞かせていただきました。

 二日目からは、実際に親鸞聖人が訪れ、滞在されたといわれる地、寺院を今井先生のお話を聞きながら巡らせていただきました。人々から敬愛され、教えを請われた親鸞聖人。その姿と心を憶念しながら、真宗僧侶たる自らの今後の歩みを考えさせられたことです。今井先生、スタッフのみなさま、ご一緒させていただいたみなさま、尊いご縁を有難うございました。

真宗興正派西讃教区仏教講演会 2015.5.14

 514()、まんのう町町民文化ホールにおいて真宗興正派西讃教区仏教講演会が約250名参集のもと開催されました。ご講師は結城思聞(松倉悦郎)氏〈浄土真宗本願寺派善教寺住職・元フジテレビアナウンサー〉、演題は「いのち・生命(いのち)・無量(いのち)」。

まずDVDにて、姫路市の飲料水・農業用水の供給源となっている夢前川(ゆめさきがわ)上流に計画されていた、産業廃棄物最終処分場反対の活動を紹介。多くの宗派や市民が結集した反対運動の結果、13万余の署名を集め、その予定地(甲子園球場の10倍)を市が買い上げることで決着した。「いのちの水を守る」ということで、多くの賛同を得たが、えてしてこの種の反対運動は「地域エゴ」となる。従って、もっと大きな視点自分の所にさえ来なかったらよい、というのでなくから企業は勿論、私達一人一人が「ゴミを減らす」という意識改革をしなければいけない。これは原発問題にも通じるのではないか。

フジテレビのスポーツアナ時代、誰にでもキチンと帽子をとって挨拶してくれた監督は長嶋さんと王さんだけだった。誰に対しても敬いを忘れない姿勢に感動した。長嶋さんは本当に人を楽しませてくれる方、さまざまなエピソードを聞かせていただいた。現在、長嶋さんは言語障害などを克服するため、精一杯のリハビリに取り組んでおられる。

小川宏ショーで、視聴者から詩を募って作曲家が曲を作り、プロの歌手が歌うというコーナーがあった。ある時、やっちゃんという脳性麻痺の障害を持った子に出会った。話ができないから先生に目配せで合図をして詩を作った。「ごめんなさいね、おかあさん。ごめんなさいね、おかあさん。僕が生まれてごめんなさい。僕を背負うかあさんの細いうなじに僕が言う。僕さえ生まれなかったらかあさんの白髪もなかったろうね。大きくなったこの僕を背負って歩く悲しさも、傍らを誰もが振り返る冷たい視線に泣くことも。僕さえ生まれなかったら。」この詩を読んだおかあさんはその場に立ち尽くしました。一言だけ「やっちゃんがこれを?」と先生に問いかけた。すると今度はおかあさんが「わたしの息子よ」というやっちゃんに呼びかける詩を作りました。「わたしの息子よ、許してね。このかあさんを許しておくれ。お前が脳性麻痺と知った時、あぁごめんなさいと泣きました。いっぱいいっぱい泣きました。いつまでたっても歩けない。お前を背負って歩く時、肩に食い込む重さより、歩きたかろうねと母心。重くはない?と聞いているあなたの心が切なくて、私の息子よありがとう。ありがとう、息子よ。あなたの姿を見守っておかあさんは生きてゆく。悲しいまでのがんばりと人をいたわる微笑みの、その笑顔で生きている。脳性麻痺の我が息子。そこにあなたがいる限り。」今度は、おかあさんの心をしっかりと受け止めたかのようにやっちゃんが後半の詩を作ったんです。「ありがとう、おかあさん。ありがとう、おかあさん。おかあさんがいる限り生きていくのです。脳性麻痺を生きていく。優しさこそが大切で、悲しさこそが美しい。そんな人の生き方を生き方を教えてくれたおかあさん。おかあさん、あなたがそこにいる限り。」この詩を書いた2ヶ月後に15歳でやっちゃんはお浄土へと行ってしまいました。障害を持つ人が「ごめんなさい」と言わなくていい社会、誰もが「ありがとう」と生き抜いていける社会を作っていくのが私たちの務めです。

同僚の逸見政孝氏のガンとの闘病生活と最後の看取りを通して「いのち」について考えさせられた。十数時間に及ぶ手術のあと目が覚めたとき、逸見氏は家族から、先生が「逸見さん、終わりましたよ」と何度も声をかけてくれたのに答えて「はい」と起きたんだよ、と聞かされた。それを聞き、お念仏も同じなのだ。阿弥陀さまの呼び声に応えるのがお念仏なのだと初めて得心した。逸見氏からの最後の手紙を「彼は字が綺麗でしょう」と見せてくださり、静かに読み上げた。「来年、生きていれば出席します」との言葉に万感の思いを感じたと語られた。

親鸞聖人のご和讃「平等心をうるときを、一子地となづけたり、一子地は仏性なり、安養にいたりてさとるべし」。「いのち」とは平等なものであり、阿弥陀さまはあらゆる人を一人子のように憐れんでいる。如来のお心は「仏性」である。「仏性」とはあらゆる人が如来になれる可能性があるということだろう。

「共生」ということばは「ともいき」という仏教の教えである。ジャータカ物語に、傷ついた鳩と鷲と王さま(釈尊の前世)の話がある。言わんとするところは、それぞれかけがえのない同じ重さの「いのち」を生きているということ。私の役に立つ、立たないでいのちを見ることは、いのちを道具にしていること。好き嫌いではなく、すべてにいのちの尊厳を見出していくのが仏教である。

鹿児島県の『知覧・特攻平和会館』を訪れた時のこと。特攻出撃の前に我が子が書いた遺書への母親の返事。母親は字が書けなかったので代筆だったが、最後の「母より」の「母」という字だけ、何度もなぞった跡があった。母親の必死の気持ちが顕れている。その手紙には「お念仏を忘れるな」ということが4度も書かれ、「あみださんへ往っておくれ」と呼びかけていた。「戦死した子供は靖国神社ではなく、極楽浄土に往っておられるのではないか」、それこそ阿弥陀経に説かれた「倶会一処」ということであろう。最近の安倍内閣の動きは、戦争前の昭和10年頃を予感させる。無量寿経には「兵矛(ひょうが)無用」と説かれている。戦後70年、日本は海外で戦死者を出していない。それは日本国憲法のおかげではないか。戦争は起こってからではどうにも出来ない。その兆候を敏感に感じて、先に行動しなければいけないのではないか。

最後に聖路加病院の日野原先生のこと。先生は子供にお話する時、聴診器を持っていき、隣の友達の心音を聴かせ、「いのち」を体感させるのだそうだ。そして子供達に宛てたメッセージ(『星の王子さま』の一節を引用したもの)を読まれ、「いのち」とは目に見えないものかもしれないが、「本当に大切なもの」だと締め括られた。

 ご参集、お聴聞いただきました方、有難うございました。

 

真宗興正派西讃教区総代研修会 2015.4.16

 4月16日、真宗興正派西讃教区各寺院の僧侶、総代93名で岡山方面に研修旅行に行きました。

 まずは当派の清楽寺(三木秀海住職)に参拝。親鸞聖人の和讃「七宝講堂道場樹 方便化身の浄土なり 十方来生きはもなし 講堂道場礼すべし」をあげ、お寺はさまざまな手立てを使って阿弥陀様が私たちを教え導いてくださる場所。七つの宝とは、仏、法、僧(人々の集まり)と住職、坊守、寺族に加えて総代・世話人である。十方の方々がお参りくださるように尽力をとお話しいただいた。

 続いて良寛さんが修行された円通寺を参拝。地域のガイドさんの説明を聞きながら、先ほど三木住職より聞いていた良寛さんの言葉「裏を見せ 表を見せて散る紅葉」、良寛さんも親鸞聖人も裏表なくすべてをさらけ出した人、私は表を見せているだけ、ということを思い出しながら散策した。

 精進料理の昼食をいただいた後、宝福寺を参拝。雪舟さんが涙でネズミを書いたとの逸話が残るお寺。もちろんその跡はなく、堂内をみることはできなかったが、素晴らしい佇まいのお寺であった。特に、山門を入ったところにある2本の杉の木は、それ自体が門の様で印象的であった。

 最後に後楽園を散策して無事に帰讃。親睦を深めるとともに、お寺にお参りすることの素晴らしさを感じていただき、それを周りの人と共有していくご縁となればと思って開催しております。ご参加いただきました方々、有難うございました。

本山興正寺 春の法要 厳修 2015.4.10~12

 本年も京都本山興正寺・春の法要(お釈迦さまの御誕生会である花まつり、親鸞聖人降誕会)が厳修されました。今年は京都の桜も早かったらしく散り始めており少々残念。また雨もあり肌寒い中での法要でした。しかし、「第6回京都まるごとマルシェin興正寺ごちそうグランプリ・花まつりマルシェ」もあり、1万人を超す方々で賑わいました。関西地方の有名店の料理に舌鼓を打ち、お稽古マルシェと題した体験コーナー、華葩(仏事に使う紙の花びら)や腕輪念珠のワークショップ、記念品がもらえるスタンプラリーもあり、楽しみ方は人それぞれ。特に、子供連れのご家族が境内に座って思い思いに過ごし、その笑顔を見るのは嬉しいものです。お寺の雰囲気が少しでも思い出に残れば有難いことです。

 また、浄土真宗は声明と法話を大切にします。毎回のことながら全国から集まった僧侶方によ美しい声明、雅楽によって仏徳が讃嘆され、布教使・大野智也氏の心に沁みわたるお話しもありました。そちらからも何かしら感じていただければ幸いです。

 次回は報恩講、11月21~28日です。是非お参りください。

報恩講 厳修 2015.1.12

 今年最初の法要、報恩講が天候に恵まれ賑やかに勤まりました。お勤めは導師に立専寺住職を迎え、正信偈を唱和しました。法話は秋山和信氏(高松市・慈照寺)による節談説教。

 仏教をわかり易く伝えるために、話す文句(説教)に抑揚(フシ)が付けられ、人びとの情念に訴えかけるように工夫されたものです。江戸時代に流行り、次第に少なくなっていましたが、近年復活の兆し。南無阿弥陀仏の六字は阿弥陀さまが必ず救うと大悲召喚のお呼び声~、と朗々と響き渡り、お参りの方も乗せられて南無阿弥陀仏とお念仏。はじめて聞いた方から「素晴らしかった、CDが出たら買うわ」との声。法話としてだけでなく話芸としても楽しまれたようでした。
 後にこの節談説教が基になって浪曲、講談、落語などが生まれており、節談は話芸の源です。落語には仏教をネタにしたものもあります。難しく考えずに一度、お説教を聞いてみるのも面白いかもしれません。

 参拝者のみなさま、当番講中の粟屋講中のみなさま有難うございました。

除夜会・修正会 厳修 2014.12.31~2015.1.1

 風は強かったですが雨は上がり、無事に除夜会が勤まりました。風のため参道に並べた蝋燭の炎が灯らず残念でしたが、初参加の子供さんもおられ、元気に大きな鐘の音を響かせました。

 12時を迎えて本堂にて修正会のお勤めから本年もスタートしました。みなさまにとって今年が素晴らしい年になるよう念願いたします。

 本年もよろしくお願い申しげます。

本山興正寺 報恩講 2014.11.21~28

 本年も京都本山興正寺の報恩講が厳修されました。毎年のことですが、紅葉の時期に勤められるため京都は観光客で賑わっています。本年は例年になく暖かい中でのお勤めとなりました。

 この法要は私たちに真実のみ教えを伝えてくださった親鸞聖人のご命日を偲んで「南無阿弥陀仏」お念仏申し、すべての仏さま、有縁の方々への報恩感謝の心をもって勤められるものです。

 7昼夜にわたって全国から僧侶方、参拝者が集まりました。色々な声明、美しい雅楽によって仏徳が讃嘆され、行道といってご本尊阿弥陀仏の周りを巡ったり、散華といって華葩(紙で作った花びら)を散らしたりとさまざまな形で報恩感謝の心を示します。また、蝋燭の炎の灯りの中で、御伝記という親鸞聖人の生涯を記した文章を読み上げます。なかなか一般寺院では目にすることができないお勤めがたくさんあります。ご満座のあとはご門主とともにお斎をいただくのも恒例です。住職は今年も「維那」という役職で25~28日まで内陣に出勤させていただきました。年二回の本山法要は心が引き締まる瞬間でもあります。

 皆様も是非お寺に足を運んでいただき、忙しい日常を離れて何かしら感じていただくことができましたら幸いです。

「よるしらべ」 2014.11.15

観音寺の夜のまちを彩った「よるしるべ」に合わせて開催された声明・雅楽コンサート「よるしらべ」。

200人以上の来場があり大盛況のうちに終わりました。本堂に入りきれないという嬉しい悲鳴、来場者の方々にはご不便、ご迷惑をおかけまし申し訳ありませんでした。
蝋燭の炎に照らし出された輝く荘厳の中、なかなか触れる機会がない本格的な声明と、笙・篳篥・竜笛の管楽器、箏・琵琶の絃楽器、鞨鼓・太鼓・鉦鼓の打楽器が奏でた雅楽の音色。「和蝋燭の炎のみの雰囲気が素晴らしかった」、「全身で声明を浴びた」、「京都で体験したものよりも素晴らしかった」、「来年も是非開催を」などのお声を頂戴し大変うれしく思っております。
ご来場いただきました方々、有難うございました。
また、すばらしい声と演奏を届けてくださった声讃会、和鳴会のみなさまにも御礼申し上げます。このようなご縁をいただきました「よるしるべ」関係者の方々にも感謝申し上げます。
  来年も開催できればと思っておりますので、またのご来場をお待ちしております。(photo by嶋啓介)


「よるしるべ」 2014.11.8~16

観音寺の夜のまちを彩った「よるしるべ」。

当山において展示、開催された作品を紹介します。

●灯り(槙黄州氏):山門を彩る灯り。ここに置くために作られたかのような趣のある作品、この灯りが皆さまをお出迎えしました。

●映像(梶高慎輔氏・おもち):「波紋・有明浜」。観音寺の有明浜の映像等で作られた作品。暗いお寺の境内にミスマッチかと思いきや、それがより一層幻想的な雰囲気を醸し出しました。本堂から見ると波が立体的に浮かび上がってきます。また山門にはさまざまな文様が浮かび上がりました。

●香り(梶高果代氏・おもち):お寺のお香とは違った甘美な香りが心地よく体を包んでくれます。香りに誘われ山門より左に折れて路地を行くとそこには輝く「やどり木」が…夢の世界に迷い込んだようでした。

●音(永田壮一郎氏):お寺にある仏具が出す音で構成された作品。映像とパフォーマンスと相まって不思議な異空間へと誘われました。

●茶道パフォーマンス「てのり湯」(トムスマ・オルタナティブ氏):茶道を独自にアレンジしたパフォーマンス。地球、ダンス、所作、笑い、静寂、さまざまな要素が詰まったおもてなし。地球という普遍的な存在を捉え、仏教にも通じる安らかな精神世界へと導く新たな茶道でした。

 

来年の「よるしるべ」はどのような作品が観音寺のまちを彩ってくれるのでしょうか。楽しみに待ちましょう。


真宗教団連合香川県支部 聞法大会 2014.10.9

 三木町文化交流プラザにて聞法大会が開催されました。講師に真城義麿氏(大谷派善照寺住職、元大谷中学・高等学校長)をお迎えし、「親鸞聖人は何を求めれらたのか」と題してご講演いただきました。

 

あなたは何を求めているのか、あるアンケートでは幸福の条件を人々は①健康②お金③家族と考えている。しかし、私たちはそれを満たしても関係なく寿命が尽きていく。お孫さんから「元気になってどうするの、何をするの?」と聞かれたら何と答えるのか。手段と目的を勘違いしているのではないか。人間は「私の請求が、私の都合よく、充足される」ことを願っている。私の請求、は外からの情報によって誘導されたものである。コマーシャルを見たり、隣の人が持っていたりで欲しくなる。それは私の本当の請求とは違うのではないか。また、私の都合よくということは、多く他人にとっては都合が悪いことである。孫が合格しますように、と願うことはほかの誰かが落ちてくれという呪いと表裏一体。また、充足は有り得ない。一億円欲しいと言って手に入れて満足したというのは聞いたことがない。もっともっと欲しくなる。つまり、「私の請求が私の都合よく充足される」ことを求めているのは迷いである。

 

杉山英一氏の詩『生』に「物を取りに行って、何を取りに来たのか忘れることがある。途中で思い出せれば幸せである。身体が先に生まれてきて、何をしに生まれてきたか分からないまま死んでしまう。途中でそれが分かった人は幸せである」とある。何のために生まれ、生きているのかを教えてくれる人に出会うことは幸せであろう。

本尊とは「本当に尊いもの」。何を尊んでいくのか。正信偈は「帰命無量寿如来」とはじまる。帰命の「命」とは①いのち②生活③使命という意味があるが、いのちの帰るところ、私の使命、私がこの世に出てきた本当の用事とは何かを明らかにしなければならない。

 

無量の「量」とは、数値化、単位のこと。何か得るのに相応の対価を払うという等価交換の世界。数値は増減するし、対価を払えば「これだけしたのに、これだけ払ったのに」という思いが起こる。数値で量られて、できたら認められる世界では、できないものの居場所がない。競争させられ、できなければ自己責任と非難されるストレスだらけの社会。心を病んでいる人が年々増えている。年を取ってできないことが増えてくれば自分の存在意義がなくなる。校長を退職するときに、先輩に「ボケないためにはキョウイク(教育?)とキョウヨウ(教養?)が大事」と言われた。はて?と思ったが、「今日行く(キョウイク)ところ、今日用(キョウヨウ)」があることが大事だと教えられなるほどと思った。年をとっても行く場所がある、役割があるということは大切ではないか。

 

できたら認められるから「頑張ります」という世界から、できないことが増えて「お願いします」。何もできなくなって「お任せします」。最後にはただただ「有難う」と感謝するしなかい、となっていくはずだがなかなかそうはならない。自分が人よりできることを誇り、お任せしてもあれがまずいと文句を言い、感謝のところまではたどり着かない。
 

親鸞聖人は比叡山で20年間修業されたが、量の世界、できたら認められる世界で苦悩され、どうやってもできないところまで行きつかれた。そして法然上人に出会って、本願、無量の世界に感動し、帰依された。本願の世界とは、あらゆるいのちが何の条件もなく尊いと認められていく世界、条件次第で変わる量というものを問わない世界。何の条件もなくというと、悪いことをしてもよいのか、という人がいるが、本当に本願に目覚めると、この大切ないのちをそのように使おうなどとは思わない。

念仏したらどうなるのか、と聞かれることがある。海に潜ってみるとどのようなものですか、と聞かれてもきちんと説明することはできない。潜ってみてくださいとしか言いようがない。それと同じで念仏も称えてくださいとしか言いようがない。親鸞聖人が『歎異抄』で「ただ念仏して弥陀にたすけまいらすべし」との法然上人の仰せ、にまかせるのみと述べられたのと同じである。その中で見えてくる世界がある。

 

親子の関係には目的がある。「ああなって欲しい、こうして欲しい」という欲(条件)がある。祖父母には孫に「ここにいてくれればいい」(無条件)という思いだけである。祖父母が仏さまにお参りするとき、そばに孫がいれば素直に手が合わさる。年をとっても役割があるというのはこのことである。

 

浄土真宗の本尊は「南無阿弥陀仏」、それを漢訳したものが「帰命無量寿如来」。本当に求めていくべきもの(いのちの帰するところ)が分かった人は、それを伝えていく使命があるのである。

と聞かせていただきました。
 

昨今、お念仏の声が聞こえないと言われます。それは仏教、浄土真宗のみ教えが私たちにとって必要ないのではなく、私たちが求めているものが間違っているのではないか、きちんと親鸞聖人と出会えていないのではないか、と考えさせられたことです。

 

秋季永代経厳修 2014.9.27

 本年も天候に恵まれ秋の永代経が勤まりました。法話は川田慈恵師(高松市・妙楽寺)。

 仏教、浄土真宗は四苦八苦からの救いを説く。しあわせになる教えではなく、しあわせかどうか気にならなくなる教えである、と聞かせていただきました。

 前住職が往生してはじめての法要。お勤めの声が一つ足りない寂しさを感じながらも、倶会一処、お念仏のみ教えの有難さを感じたことです。

 当番の木之郷田井講中のみなさま、お参りのみなさま有難うございました。

真宗教団連合中央研修会 親鸞聖人関東ご旧跡を訪ねる 2014.7.30~8.1

 7月30日から3日間にわたり、真宗教団連合中央研修会に参加し、関東各地で親鸞聖人のご旧跡を訪ねながら、その分野では第一人者である今井雅晴先生(筑波大学名誉教授・左写真)のお話を聞かせていだきました。

 まずは築地本願寺での講義。今井先生より、親鸞聖人当時の関東は未開の地で人々は無知であったとの従来の解釈は間違い。新しい武士の都・鎌倉があり、農業が盛んで、宿場町も栄えていた。流罪の地であった越後から、念仏を広める新天地として、縁の深かった武士により迎え入れられたのであろう。関東にはすでに様々な信仰があったが、その上に念仏の教えを伝えられた。稲田を中心にして半径40キロほどの地域を歩いて布教されたのだろう。また、家庭生活を基盤にした伝道も親鸞聖人の教えが受け入れられた要因であり、恵信尼さまの存在は大きいものがあったであろう。と学ばせていただきました。

 2日目からは旧跡を訪ねました。まずは坂東・報恩寺。開基は弟子の性信坊、親鸞聖人に付き添っていましたが、聖人が関東を去る際に念仏を弘めるためにこの地に残ったと言われています。次は小島の草庵跡。親鸞聖人が関東に来て初めに住まわれた庵があったところです。今は建物はなく、石碑が建つのみです。次は山伏弁円が親鸞聖人を害そうと護摩を焚いた跡、待ち伏せした場所を見ました。大覚寺は親鸞聖人のお姿とその教えに感服して帰依した弁円ゆかりの寺です。続いて西念寺(稲田の草庵跡)。20余年にわたる関東時代の多くをここで過ごしたと言われています。続いて真宗高田派の本寺、専修寺。弟子の真仏、顕智に受け継がれ、初期の関東における真宗教団の中心となった寺院です。親鸞聖人が拝まれたと言われる一光三尊像があり、また、聖人の廟所も参拝しました。

 歴史に触れるということは当時の方々のことが身近に感じられ、親鸞聖人のみ教えが今に生きる私たちの中に自然と入ってくる気がします。大変意義深い研修旅行に参加することができました。今井先生、各地でご案内いただいた方々、教団連合の皆様、有難うございました。

真宗興正派西讃教区 総代研修会 2014.6.13

 六月十三日、真宗興正派西讃教区各寺院の僧侶、総代90名で愛媛方面に研修旅行に行きました。

 まずは念仏詩人といわれる坂村真民氏の記念館を訪れました。会館の方の説明を聞きながらその人生と書かれた詩、書を拝見。氏は浄土真宗の方ではありませんが、その詩からは仏心が感じられます。有名な「念ずれば花開く」、「光る光るすべては光る 光らないものはひとつとしてない みずから光らないものは他から光を受けて光る」などは知っていましたが、それ以外にも多くの素晴らしい詩に触れることができました。

 続いては浄土真宗本願寺派南岳山光明寺参拝。こちらは有名な建築家・安藤忠雄氏の設計で、水に浮かぶような本堂が印象的でした。みなさんでお勤めした後、ご住職から苦労話などをお聞かせいただきました。

 普段は各寺院で住職と共にお寺を支えてくださっている総代世話人さん、寺院の枠を超えて研修・親睦を深める貴重な機会となっています。ご参加いただきました方々、有難うございました。

真宗興正派西讃教区 仏教講演会 2014.5.19

 五月十九日、丸亀市民会館にて約二百名の参加のもと仏教講演会が開催されました。講師に長倉伯博氏(本願寺派善福寺住職・国立鹿児島医療センター緩和ケア委員)をお迎えし、「ベッドサイドに仏教がある風景」~病める方とそのご家族と共に~というテーマでお話いただきました。長倉氏は二十数年間にわたって多くの末期癌患者さんに寄り添い、最期を看取られた経験をお話し下さいました。

先生は、病める人に対してこちらが何かを語るのではなく、聞かせていただかなければならない、とおっしゃいます。人はそれぞれ物語を持っている、しかし、辛いことはなかなか話せない。まず長い「沈黙」の時間を経て、この人は私の話をちゃんと聞いてくれるという信頼が得られることが第一歩である。「何が一番つらいの?」と聞ける関係が築けるかどうか、さらに「よくぞ辛い事を話して下さいました」と共感するところに関係が深まっていく。そして患者さんにとってゴミ箱になることが大事で、心の中に溜っている苦しみや悩み(仏教でいえば四苦八苦)を吐き出したところから、本当の自らの思い、願いが現れてくる。それに対して何かしら手助けすることができるよう努めていくことが大切であると聞かせていただきました。私たちも病める方やその家族と接する機会があります。また私の家族も私も病める立場になることでしょう。その時にどのように接したらよいのか、どうしたいのかを考えるご縁となりました。

 

本山興正寺 春の法要 2014.4.8~10

 本年も京都本山興正寺の春の法要が厳修されました。京都はまだまだ桜が美しく咲き誇っていました。この法要は仏教を開かれたお釈迦さまと浄土真宗を開かれた親鸞聖人の誕生を慶ぶものです。

 毎座散華といって華葩(紙で作った花びら、今回はワークショップで参拝者に手作りしてもらいました)を散らし、お釈迦さまにちなんだ和讃(親鸞聖人が著わされた和語によって仏さまを讃えるうた)が唱えられるなど昨年とは違った晴れ晴れとしたお勤めとなりました。また今回は初参式(生まれたお子さんのお寺への初参り)、ワークショップ、マルシェが開催されるなど賑やかな法要となりました。

 特にマルシェー大人の縁日-は、京都の有名飲食店などが出店し、5,6日は1万人もの人出、法要期間中も普段はお寺に参る機会が少ない若い方やたくさんの親子連れが楽しんでいました。

 古来よりお寺は祈りをささげるところでもあり、真実のみ教えを聞くところでもあり、また、楽しむところでもありました。是非、お寺にお参りしてさまざまなことを感じていただきたいと思います。

春季永代経厳修 2014.3.24

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、寒かった冬が過ぎ彼岸に入ると同時に暖かくなり晴天の中、納骨堂での勤行、本堂での永代経が勤まりました。法話は赤松円心師(東かがわ市・正行寺)。

 南無阿弥陀仏は阿弥陀様からの呼び声である。病院で治療の順番が来たとき、終わって帰るときに○○さんと名前を呼ばれる。それは私の病気をよくする術が、薬ができたから呼んで下さる。お念仏もそれと同じで私を救う手立てが整って呼んでくださっている。あなたを必ず救うはたらきがあることを知らせる呼び声。それに「は~い」=「南無阿弥陀仏」とそのまま受け取り答える。東日本大震災で南三陸町役場の三浦さんと南さんは迫り来る津波の中、みんなに助かってほしいという一念から自らのことを差し置いて避難を呼びかけ続けた。阿弥陀様もそれと同じ、苦しんでいる私のことをそれほどまでに呼び続けておられることに気付けばお念仏申さずにおれない、と聞かせていただきました。

 当番の木之郷川原講中のみなさま、お参りのみなさま有難うございました。

報恩講厳修 2014.1.13

 本年も報恩講が勤まりました。定例の法要の中でも報恩講だけは登礼盤といって導師がご本尊の正面の礼盤に上がり、伽陀、礼、勧請、下高座文など最も丁寧な形で勤めています。もちろん正信偈はみなさんで唱和。法話は川田信五師(東かがわ市・大信寺)。私たちはほっておいたら邪見・驕慢という自分勝手な心で生きて互いに苦しんでしまう。仏教はそれに気付かせて正見、正しいものの見方を与えてくれる。真宗は信心として仏の智慧をたまわる教え。昔から真宗門徒は自分の願いを叶えてもらうためではなく、朝夕にお礼を申すといって阿弥陀仏を礼拝してきた。それによってお互いを念じ合う、笑顔の生活が恵まれ、空しくない人生を歩むことができるのです。と聞かせていただきました。わかり易いお話でみなさま何かしら心に刻み家路に着かれたことと思います。

 当番の高屋講中のみなさま、お参りのみなさま有難うございました。

初参式厳修 2014.1.13

 報恩講に合わせて初参式を行いました。初参式とは、生まれたいのち、幼いいのちがほとけの子として慈悲に包まれすくすく育つことを願って勤めるものです。当山では初めての開催、9名のお子さんが記念品の念珠を手に焼香、お勤めに参列しました。最後に親御さんと共に記念写真を撮りましたが、参拝者からも「子供さんの顔を見たら元気が出る」と笑顔に包まれた初参式となりました。今後は数年に一回開催できればと思います。次回はみなさまに縁のあるお子さんも是非ご参加ください。

除夜会厳修 2013.12.31

 本年も除夜会を催しました。12月中は気温も低く、雨風の日が多かったのですが、大晦日は天候に恵まれた中、正信偈をお勤めし、皆さんで除夜の鐘を衝きました。暗い境内を蝋燭の光で照らし、参加者からは「幻想的で良いですね」との感想をいただきました。夜のお寺の雰囲気を味わえるのも除夜会ならではです。来年はもっと工夫を凝らしたいと思いますので、是非お参りください。本年もよろしくお願い申し上げます。

本山興正寺 報恩講 2013.11.21~28

 本年も京都本山興正寺の報恩講が厳修されました。後半は急な冷え込みで凍える日もありましたが、大勢の参拝者があり賑々しく勤められました。住職も維那という役職にて25日晨朝(朝7時)から四日間出勤、真宗興正派の声明・雅楽は天台声明の流れを継承しており大変美しく、まさに仏徳讃歎の心を声に表わされているようです。また法話は本山布教使の方がそれぞれの味わいを仏徳讃歎されました。次回は春の法要、平成26年4月8~10日、みなさまも是非一度お参りください。

真宗教団連合香川県支部聞法大会 2013.10.24

 本年の聞法大会は「国境なき世界ー念仏と放射能汚染ー」というテーマにて、福島県の酪農家である長谷川健一氏(左写真)より「原発に『ふるさと』を奪われて」、福島県の真宗大谷派明賢寺住職である藤内和光氏より「福島を生きる」と題して講演いただきました。

 東日本大震災による原発事故、報道などで知っていたことはあくまで表面的なもの、または捻じ曲げられたものである。現地に生きる人の生の声を聞き、真実を知らされました。放射線測定はその場所だけ土を交換しているなど偽りの数字であること、牛は移動させてはならないと決められ殺処分や置き去りにせざるをえなかった憤り。置き去りにした牛は餓死し、その肉を豚に貪られて骨だけになった写真は衝撃的でした。 

 今なお帰ることはできない故郷、そしていまだに迷走をつづける関係者の対応。かれらの怒り悲しみ苦しみと、それに負けまいとする熱い心を感じ、このようなことが二度とあってはならないと改めて深く反省させられました。

 念仏詩人である榎本栄一氏に「境界線」という詩があります。「この世あの世というのは人間の我見 見てごらんなさい この無辺の光の波を 境界線なんてどこにもない」。人間はこの世とあの世、浄土を分けて考えますが、仏の目、覚りの目から見れば一つ、つながっている世界、境界線なんてない。お念仏はそれを教えてくださいます。私とあなた、香川県と福島県と分けて考えてしまいますが、それも一つ、つながっているということに目を開き、かれらの悲しみ苦しみを我がこととして考え生活していきたいと思った次第です。

 先生方、来場者のみなさま有難うございました。

秋季彼岸会厳修 2013.9.28

 本年の秋季彼岸会は30度にもなるかという暑さの中で勤められました。納骨堂に続いて、本堂で阿弥陀経、正信偈を参拝者とともに勤めました。法話は大塚芳明師(まんのう町・常福寺)。私たちは生まれながらにして、いのちを食して犠牲にしなければならない業をもっている。親鸞聖人はじめ昔の方々は、「地獄は必定」と受けとり生きてきた(地獄図のプリントを配ってそれを解説)。南無阿弥陀仏とお念仏を称えていのちをいただきますと慚愧と感謝をもって生きていく、三途の黒闇が開かれて浄土へといのちの世界が広がっていく。それを子や孫に伝えていくことが大切であるとお話しされました。

 限られたスペースで駐車に手間がかかりご迷惑をかけましたが、大勢のお参り有難うございました。

真宗興正派西讃教区 総代研修会 6.12

 毎年恒例の総代研修会、本年は仏生山法然寺、高松興正寺別院参拝研修旅行です。バス2台、当山からの4名を含めて総勢78名です。台風3号の影響が心配されましたが晴天、暑い中での研修旅行となりました。

 法然寺は1670年、高松藩主松平頼重氏の建立で浄土宗の寺院です。お釈迦さまが入滅されたときに人間をはじめとする生きとし生けるものが集まり悲しんだ姿があらわされている釈迦涅槃図、それを立体に表現した涅槃像群は全国でも珍しいそうです。平成23年に完成した五重塔、昔ながらの技法で建立されたもので、この平成の時代に新築されることは希有でしょう。お寺の方からの懇切な解説を聞きつつ参拝させていただきました。

 高松興正寺別院は当山と同宗派の別院で、香川県には丸亀市郡家町とこちらの二つの別院があります。佐々木東讃教区教務所長と葛西輪番から別院の由来と寺院の繁盛には総代世話人が住職と力を合わせていくことが大切であるとのお話をいただきました。なぜお寺が何百年も護持されてきたのか、現代においては何を要請されているのかを問い直して今後のお寺の活性化につなげていきたいと感じたことです。

 両寺院の方々、参加された方々、有難うございました。

真宗興正派西讃教区 仏教講演会 5.14

 毎年恒例の仏教講演会、本年の講師は釈徹宗先生です。先生は相愛大学教授、浄土真宗本願寺派如来寺住職、NPO法人の代表を務められるなど多岐にわたって活躍されています。本日は「真宗のカナメ」と題しての講演。

 現代社会は自分の都合を大きくさせる方向である。原因である自分の都合を整えない限り結果は変わらず苦しみが消えず、苦しみの連鎖が起こる。仏教には私の枠(思い)を整える、体、言葉、心の三つを整える方法がある。それによって私の都合を小さくすることによって苦しみを小さくしていく。それを追求していくと出家になるが、社会生活を送っていく生活の中では限界がある。浄土真宗は行きつく先は同じだが違う道である。苦しみ・悩み・痛みという第一の矢は受けざるを得ないが、憎しみ・恨み・ねたみなどの第二の矢は受けないというのが仏道である。

 浄土真宗は帰るところがある世界を説く。死んだらそれまで、というのと、帰る世界がある、では全然違う。つらい思いで帰った時に「お帰り」と抱きしめてくれる人がいることが有難い。『五体不満足』の乙武匡洋さんは、お母さんがジャガイモのような自分を見て「まあ~かわいい」と言ってくれた、このことだけで生きていけると語っている。無条件で抱きしめてくれる人がいるだけで人間は生きていけるということだろう。

 

『真宗宗歌』

ふかきみ法に あいまつる 身の幸何に たとうべき

ひたすら道を ききひらき まことのみむね いただかん

とわの闇より 救われし 身の幸何に くらぶべき

六字のみ名を となえつつ 世のなりわいに いそしまん

海の内外の へだてなく みおやの徳の とうとさを

わがはらからに 伝えつつ 浄土(みくに)の旅を共にせん

 

を取り上げ、かつて他宗の人が「真宗門徒は何かにつけて「御」をつける」と言ったが、これは真宗の特徴である。すべてを有難くいただいていく。

「あいまつる」の「あう」とは「値う」(値遇)。「お椀のように二つのものがピタッと一致する意味。「ききひらき」、真宗は聴き続ける中で開かれる、阿弥陀如来に値遇する。「いただかん」の「ん」は意思を示し、身も心も納得して信じることである。

「闇」とは無明、光が強いと影ができる。阿弥陀仏の光に照らされると影、愚かな身と気づいても真っ暗闇ではない、それが救われたということではないか。そして「世のなりわいにいそしまん」、誠心誠意いきていく。南無阿弥陀仏とは南無、おまかせします。阿弥陀仏とは無量の光、無限のいのちを持つ仏ということ。真宗は時間と空間を超える教えであり、帰る世界をいただくことによって精一杯歩んでいく、という真宗のカナメを聞かせていただきました。

 

釈先生は翌日が自坊の永代経法要だったそうです。お忙しい中、有難うございました。ご来場いただいた方にもお礼申し上げます。 

本山興正寺 春の法要 2013.4.9~11

 まだ底冷えする京都本山興正寺にて春の法要が勤まりました。住職は維那という役職にて出勤しました。ソメイヨシノはほぼ散っていましたが、数少ないないものの牡丹桜が美しかったです。

春季永代経厳修 2013.3.23

 春季永代経法要を厳修しました。午後1時半より納骨堂勤行を勤め、その後、本堂に移り永代経勤行、前住職導師のもと阿弥陀経・正信偈をお勤めしました。

 法話は中原大道氏(高松市大乗寺)による音楽法話。グランドピアノを弾きながら中島みゆきの「時代」、また自ら作詞作曲された歌「雪どけ水」、「言葉にして伝えよう」、「最初で最後の瞬間」を歌いながらお話。悲しくても状況は必ず巡り変わる。自分が正しいとかたくなな氷のような心で苦しんでいるがやわらかな水が流れるように生きていくことを目指すのが仏教。写真を撮るような気持ちで生活を一コマずつ眺めると、今あること、何でも全てが有難いしあわせな瞬間であることに気づかされる。今ここにあるしあわせに目覚めて生きていきましょう、とのお話をいただきました。

 当山では初めての音楽法話という形式でしたが、歌詞カードを見ながら聞き入る参拝者の姿を見て、歌が伝える力を実感した法座となりました。中原先生、参拝者のみなさま、有難うございました。

郡家興正寺別院法要厳修 2013.3.20~21

郡家興正寺別院大改修円成法要、宗祖七百五十回大遠忌法要が厳修されました。当山住職も出勤。二十日はあいにくの天気となりましたが準備は万端。続々と参拝者が集まり本堂は満堂、大広間に設置されたプロジェクタースクリーン前にも参拝席が設けられました。二十一日は二日目ということで参拝者数が心配されましたが好天に恵まれ満堂。両日とも午後二時よりご門主ご親修のもと法要が開始。声讃会の奏でる美しい雅楽と出勤者の厳かな声明が響き渡りました。表白では別院改修までの険しい道のりとそれが完成したことへの感動と感謝が朗々と述べられました。仏徳頌、正信偈墨譜を勤めながらの行道、散華は華々しく七千枚が舞い散り、華葩に手を伸ばす参拝者の笑顔が見られました。受付では、本当に綺麗になりましたね、と何人もの方から声を掛けていただいたそうです。八年に渡る改修事業の苦労を思い起こしつつ、改めて宗祖親鸞聖人の生涯とみ教えを聞かせていただき、万感の思いと喜びの内に法要を終えることができ感無量です。有難うございました。

報恩講厳修 2013.1.10

 宗祖報恩講を厳修しました。みなさんで正信偈を唱和し、三木秀海氏(倉敷市・清楽寺)の法話を聴聞させていただきました。和讃「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり 法身の光輪きはもなく 世の盲冥をてらすなり」をあげてのお話。「本当のことに出会わないと本当でないものを本当にする」、世の盲冥に生きることになり、空しい人生となることを見聞された実例をあげて示してくださいました。阿弥陀如来の智慧に照らされて本当のことに目覚めて、後のものに少しでも幸せを残してゆけるように人生を歩ませていただきましょう、とお話されました。

東讃教区連合仏教婦人会初参り 2013.1.7~9

一月七~九日、真宗興正派東讃教区連合仏教婦人会のみなさまが、毎年恒例の初参りに本年は当山を参拝くださいました。しかも三日間でなんと四百五十名です。

朝九時に続々と山門をくぐって当山へ、本堂は連日満堂となりました。まず重誓偈をお勤めし、東讃教区教務所長・佐々木安徳氏よりごあいさつ。昨年に口にした言葉は「暑いなぁ、寒いなぁ、早いなぁ、ここが痛いあそこが痛い」くらいではなかったか。良い言葉を口にかけていかなければならない、それは念仏である。念仏とは仏に念ぜられているからこそ私の口から出てくる感謝の言葉。有難うも念仏である、周りの方に支えていただいているからこそ口から出てくる。昔は日を拝み、毎日何事にも感謝し手を合わす姿があった。念仏を子や孫に伝えることが大切である、とのお話をいただきました。

連合仏教婦人会役員のごあいさつがあり、続いて私からもお話しさせていただきました。かわら版第二十七号に掲載した相田みつを氏の言葉をあげつつ、新年の初参りにあたって何を願うか、自らの欲ではなく、世のため人のための「願」を持ちたいものだが私たちにはその願を成就する力がない。平和でありますようにと願いながらも家族の喧嘩ひとつ無くせないのが私たち。この初参りを、そういう私を清らかな浄土へと導くべく願いを立ててくださっている阿弥陀如来の私心なき「願」、決して壊れることのない「金剛心」をいただくご縁とさせていただきたい。また、当山と山門(旧観音寺城門)の由緒を紹介させていただきました。

 

続いて前住職からは、龍谷大学時代の寮生活でよき人との縁をいただき育てられた。その中で『歎異抄』の言葉に出遇い、人間のすることはそらごとたわごとまことあることなし、我がはからいを交えないただ念仏のみがまことである、と胸に刻んで歩んできた。親が何の見返りもなく子を育てることのみが仏心に近いものである。阿弥陀如来は親、子である私たちをお育てくださっているのであるから、ただ念仏ひとつをいただき精一杯楽しく人生を生き抜きましょう、との話があり、最後に思い出深い真宗宗歌「ふかきみ法(のり)にあいまつる 身の幸(さち)なににたとうべき ひたすら道をききひらき まことのみ旨(むね)いただかん」を歌い上げました。

 婦人会の方々の合掌する姿が尊く、心が洗われたようです。清々しく今年を始められたことに感謝しつつ三日間を終えました。

除夜会 2012.12.31~2013.1.1

 無事に除夜会が勤まりました。正信偈を唱和して除夜の鐘へ。大鐘を撞くのは初めてという方もおられましたが、段々とコツをつかみ、荘厳な鐘の音が響き亘りました。寒い中たくさんの方々に足を運んでいただき有難うございました。本年もよろしくお願い申し上げます。

本山興正寺 報恩講 2012.11.25

 年に2回勤まる本山興正寺の法要、11月21~28日は宗祖親鸞聖人報恩講です。

今年も住職が維那補という役職にて出勤いたしました。若坊守も参拝いたしました。

平成24年度秋季永代経 2012.9.25

 秋季永代経法要が勤まりました。写真は、江戸時代より永代経をあげられている方々の法名が記されている掛け軸です。

 ご法話は佐々木安徳氏(高松市専光寺)でした。 「南無阿弥陀仏は浄土真宗の阿弥陀村の方言」という表現が印象的でした。真宗門徒にとって、親から子・孫へ伝えられるお念仏は、永代に伝わる懐かしく温かい、いのちのふるさとへ帰って来いとの阿弥陀さまの呼び声なのでしょう。

 

 

宗祖親鸞聖人750回大遠忌法要 2011.5.15

 平成19年に発起した宗祖親鸞聖人750回大遠忌記念事業、多くの方のご協力により境内整備等が完成し、円成慶讃・宗祖大遠忌法要が真宗興正派門主、有縁の僧侶の出勤、門信徒の方々が参集し賑々しく勤まりました。

平成23年5月15日
宗祖親鸞聖人750回大遠忌法要.pdf
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