一心寺沿革

当山は遡ること七百有余年前、天台宗寺院として創建されました。

天文十七年(1548)には当時の観音寺城主より、香川景全の崇敬鎮守のために當時の七堂伽藍を建立せられたといいます。

その後、土佐長曽我部氏の兵火に遇うも、山門には観音寺城の城門(現存)を移築せられるなど寺宇を保ち、また、寛政年間には失火の災害を蒙るも、天保四年(1833)に大修復されました。

浄土真宗の寺院となった時期は明確ではありませんが、長年の間に激しく傷んでいた伽藍も平成に至って修復され、往時の姿を取り戻し、現在は第23世住職が念仏の法灯を護持しています。


境内全景

本堂

 幾たびか修理されてはいるが昔の雰囲気そのままの木造・漆喰壁の本堂。内部は極彩色に彩られた彫刻や金色に輝く獅子と牡丹など美しい荘厳が今に残されている。 丸瓦には十六枚菊紋が使用されており、現存しないもう一つの御堂は十四枚菊紋であったと伝わっている。

平成修復前の本堂
平成修復前の本堂

 

 元は観音寺城門。香川県内で現存する城門としては最も古く、建立年は明確ではないが戦国時代に遡ると伝わっている。 


鐘堂

 古くは太鼓堂として時を知らせるために使われていたと伝わる。石垣に古き時代を感じる。


納骨堂

 平成10年に新築された。ご本尊の両脇にある舎利塔に納骨者のお骨が収められている。