「本願を信じ念仏を申さば仏に成る」という教えです。本願とは阿弥陀さまの願い、念仏とは「南無阿弥陀仏」と称えることです。
親鸞聖人は煩悩に苦しみ、すくわれる道を求める中で念仏に出遇われました。
「南無阿弥陀仏」は、インドなどで用いられたサンスクリット語を音写したものです。「南無」は「ナマス(帰依)」、「阿弥陀」は「アミターバ(はかり無き光明)」と「アミターユス(はかり無き寿命)」に共通する「アミタ(はかり無き)」を意味します。
「南無阿弥陀仏」とは「阿弥陀さま、どうか私を助けてください、願いを叶えてください」というお願いの言葉ではありません。「私にまかせなさい、あなたを必ず浄土へすくい取り、仏とならせるから安心して生きなさい」という阿弥陀さまの声です。
私のはからいを超えた大きなはたらきが私たち一人ひとりを願い、支えてくださっていることを聞かせていただきます。その声が聞こえた私たちが手を合わせて称える念仏は、「阿弥陀さまにおまかせして人生を歩みます」という感謝の意味となります。 阿弥陀さまのはたらきを感じることで、安心して人生を送ることができるでしょう。
平安時代末に生まれられ、九才で出家。
はじめ比叡山で仏道修行に励み、後に法然上人のもとで念仏の教えに出遇われました。
いわれなき罪で越後に流されるなど数々の困難に直面しながら、関東、京都などで念仏を弘められました。
また晩年は往生の直前まで多数の書物を著されました。日常勤行で勤める「正信偈」は主著『教行信証』に収められています。